道尾秀介『カラスの親指』

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb

感動した。圧倒的に緻密な構成なのに、それを最後まで気付かせない筆力に終始ペテンにかけられて、本当にすがすがしい。

道尾秀介さんは『向日葵の咲かない夏』を読んだことがあって、実は細かい点を覚えていないのですが、なんとなく苦手な意識がありました。正直申し上げてどうしてそんなに評価されているのかわからなかった。が、食わず嫌いはよくないですね。これを読んでまったく印象が変わりました。

あらすじはAmazonに譲るとして、詐欺師の男とその“家族”の物語。読み終わったいまでは、文章のすべてに著者の心血が行き届いていることがわかるけれど、純粋に人物小説としてもおもしろい。悩んだり悔やんだり笑ったりがすごく自然に読めた。

そして最後の最後はもう、言葉もない。というか言えない。

重いテーマなのに痛快で爽やか。とても素敵な小説でした。


2018-10-24 再読。

タケさん、テツさん、まひろ、やひろ、貫太郎。詐欺とマジック。何重もの「騙し」に満ちた圧巻の文章。

箇所箇所思い出せるところはありつつ、2回目でも平気で騙された(めちゃくちゃおもしろかった〉

三浦しをん『天国旅行』

天国旅行

天国旅行

本書は、「心中」を共通のテーマにした短編集である

本を読みながら波長が合うときってあると思うんですけれど、僕にとって三浦しをんさんの書く文章はすごく心地がよくて、すぐに物語の海に連れて行ってくれるような感じがする。別に特別なことは感じないのに、すっと入ってくるような感じがする。

どうして「心中」がテーマだったのか、どうしてそれをテーマに選んだのかひどく気になる。連作短編のそれぞれ小説新潮が初出なので、新潮社の選定か作者の選定なんでしょうね。

「心中」をテーマにするとき、それってもう必然「生」と「死」とそれに「愛情」の物語になりますよね。重いです。各編に爽やかさだったり強さだったり怖さだったり優しさだったり、きっとサブテーマがあるんじゃないかとも感じました。

『森の奥』の“青木くん”はきっと性根がすごくいい人。『遺言』はユーモラスなのにかっこよかった。。『君は夜』と『炎』の情念みたいな描写は素晴らしかった。

とくに『君は夜』は不思議な作品で、傑作だと思った。ありがちと言えばありがちな「前世」設定なのに、いつのまにか火のつく愛情を淡々と描きながら、それを追いかけてくる暗い気配みたいなものを確実に感じ取れる。たぶん構造的にも、読者しか知り得ない情報を緻密に使っていて、短編の短さで「なぜか」あっと驚くような結末を見せてくれます。

森絵都『風に舞いあがるビニールシート』

風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)

風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)

これ以上悪化する見込みのない「最悪」がもたらす、ほのかな安らぎというものがある。もはや相手になにも望まなくていい。相手からなにかを望まれることもない。

油断していた。「森絵都」という名前にすっかり騙された。こんなにも広く深い作品に会うとは思わなくて、面食らってしまった。

簡単には解消できない思いがある。どんな人にもある。舞台や場所や時代が変わっても、それはあり続ける。そんな人たちに目を向けて、優しく寄り添い、それでも現実の難しさの前に、都合のいい結末では救わない。

短編の一編それぞれが別の顔を見せながら、同じ温度と重さで迎えてくれるような作品だった。

表題作の『風に舞いあがるビニールシート』のほか、『守護神』がよかった。ある種叙述トリックのような趣をみせながら、爽やかな結末が好きでした。