エーリッヒ・フロム『愛するということ』

原題は『The Art of Loving』だそう。Podcast番組「OVER THE SUN」で、ジェーン・スーさんが紹介していてすぐ購入してみたもの。

あまりの内容の素晴らしさに驚いてしまって、少しずつゆっくり読んでいた。読み終わってしまったら、「愛するということ」の何たるかを知っている状態にならないといけないのではないかと思ってしまって。おこがましいにもほどがあるのですが。

ほぼ全編にわたって、ラインマーカーを引きたい。それほどこう、断言する言葉に力がある。でも気持ちのいい言葉には警戒も必要だろうとは思っている。一読しただけだからちゃんとわかっているとは言えないけれど、これだけ「愛とは~」が続く文章で、自己矛盾を起こしていないか、排反する事実を要求していないかのチェックは必要だろうと感じる。

それにしても、「愛とは技術である」と言い切り、その技術を習得できている者は多くない=愛することができる人は稀であると言い切り、技術であるから習得・習熟は可能であるという論旨には、まったく感銘を受ける。

私にとって「愛」は謎であった。「誰もが誰かを愛せる」という、バブル以降の恋愛至上主義観に、全然ついていけなかった(本書では、産業革命以降の近代の西洋が舞台ではあるが)人と関わり、人の話をきくにつけ、「それは愛なのか? これは愛ではないのか?」という疑問符が外れなかった。

本書で述べられているのは一つの見解ではあると捉えるべきだとは思うが、あまりに鮮烈に疑問をほどいていくので、少なくとも「解」のひとつとして血肉にしたいなと思った。ベストセラーということはつまり、多くの人に共通し見出される悩みのはすでしょう。

中島義道ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白 (角川文庫)』にも大きな衝撃があった。ただ、「できない。難しい」で終わらずに、「できないし難しいが、“習練”を経て見つけられるかもしれない」という立場には救いがある。

最後の方に触れられているが、「愛」と「公平の原理」が難しい。

特定の誰かを選び恋愛をするということは、それ以外を捨象することではなかろうか。いや、特定の彼・彼女を愛するということは、それに付随する世界すべてを愛するということだろう。しかしそれは博愛であり公平の行き着く先になってしまう。では最初の愛、誰かを選びとる恋愛とはなんだろう――という堂々巡りが自分の中にある。その答えらしきものは分からないが、何度か読むうちにその手がかりの一片くらいは見つけられるだろうか。


「母親が冷たく、何かを求めても応えてくれなかったり、支配的だったりすると、その人は、ある場合には、母親に保護されたいという欲求を、父親やその後に出会う父親的な人たちに転移〔以前ある人に向けていた感情を別の人に向けること〕する(この場合も、右の場合と同じような結果が生じる)。またある場合には、きわめて一面的な父親志向的人間になり、法・秩序・権威には全面的に屈服するが、無条件の愛を期待したり受け入れたりする能力の欠けた人間になる。」 https://a.co/8q90tnx

「つまり、愛は意志とは無関係に自然に生まれるものであり、自分ではコントロールできない感情に突然捕らわれるのが愛なのだと考えられている。そうした考え方をする人は、愛しあっているふたりの表面的なところしか見ていない。すべての男は「アダム」であり、すべての女は「イヴ」であるという事実を見ていない。恋愛にとって重要な、意志という要素を見落としている。誰かを愛するというのは、たんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である。もし愛がたんなる感情にすぎないとしたら、「あなたを永遠に愛します」という約束にはなんの根拠もないことになる。感情は突然生まれ、また消えていく。もし自分の行為が決意と決断にもとづいていなかったら、私の愛は永遠だ、などとどうして言い切れるだろうか。」 https://a.co/8VoaiPA

「愛と結婚に関するこうした考え方では、耐えがたい孤独感からの避難所を見つけることに、いちばんの力点が置かれている。私たちは「愛」のなかに、ようやく孤独からの避難所を見つけた、というわけだ。愛しあっている人は世界にたいして、ふたりからなる同盟を結成する。これは利己主義が二倍になったものにすぎないが、それが愛や親愛の情だと誤解されている。」 https://a.co/c0so3D5

「愛情面では生産的だが、他のすべての面では非生産的、というふうに生活がきれいに分割されることはありえない。生産性はそのような分業を許さない。人を愛するためには、精神を集中し、意識を覚醒させ、生命力を高めなくてはならない。そしてそのためには、生活の他の面でも生産的かつ能動的でなければならない。愛以外の面で生産的でなかったら、愛においても生産的にはなれない。」 https://a.co/5gCq8bl