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「毎日」書くのも、どうかしら

ここのところ、「毎日、ブログの記事を書く」とか「書き続ける」とかよく見るような気がする。

プレッシャーになりそうだから、できるだけ読まないようにしていますけれども。

でもね、あんまり無理して「毎日」とか思わない方がよいと思いますよ。

わたしなんかね、もっと若い時分ですね。あのころはケータイが新しくて、メル友なんて言葉が生まれたころでありました。mixiの足あと機能はもう少し先立ったかな。とにかくメールが大事だった時代がありました。

そんな時代の空気にのまれているなかで、いっちょまえに恋をしたことがありましてね、わたくし。恋っていうか、今思えば「恋をしている自分にならなきゃ」っていう焦燥に皮膚を焼かれた病人だったと思いますけどね。青春って焦げ臭いですね。

まぁお金のない高等学校の劣等生でしたからね、電話なんか滅多にしません。不幸にも距離が遠くてそう会いにも行けません。だからメールをすることが愛情表現だと勘違いしていましたね。いまでもそういうところがないわけではありませんが、この痛い経験をしてからだいぶ冷静になれたような気がします。

痛いっていうのはですね、恥ずかしいんですけどもね。いやー人間って慣れるもので、加えて自分も薄情っていうか浅い人間なんですよ。「とにかく毎日送らなきゃ」とどこかで義務になってたんですよね。それは完全なる手段と目的の逆転。

だから、その日寝る前に「おやすみ」しますよね。で、翌日のメールを作って保存するようなことをし始めたんですね。自分で書いてて引きますが。朝って忙しいし。眠いし。なんかバタバタするし。

「おはよー☆ 今日は◯◯するよ!」とか。「今日は◯◯したよ。疲れたよぉ」とか。なんか事実にちょっともう起こるべきストーリーとか感じるべき感情とか入っちゃってるのね。

ご推察でしょうが、やらかしましたね。

  1. 「おやすみ」送信っと…オッケー。
  2. 明日のメール書いて_〆(・ω・` )……ほぞn ふぅ……
  3. 新着メールです。『なにこのメール』……ん?(;^ω^)???!
  4. ……保存じゃなくて、送信してました\(^o^)/

あとは言いませんが。

そのときからですね。無理に「毎日」にして、しかもその「よかれと思って」続けようとするのは何かよくない結果を招くような気がして怖いのです。

人間って善くもなければ悪くもないんです。弱いんですって。だから、低きに流れる。弱さを何かで覆い隠そうとする。ひと様から隠せているうちはいいかもしれないけれど、それは自分の視線からは隠せないし、そもそもすぐ簡単にはがれてしまうもんなんだろうと思っています。

だから弱くたっていいから、(そりゃ生活がかかっていたら別なんでしょうけど)せめて好きなもの・こと・ひとにズルしないようにいたいなと、そんな風に思ったんでした。