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言葉が出てこないときには

ただ漫然と、眠くなるまで書いてみてもいいんじゃないかと思う。何者にもなれない私たちだから。

承認欲求というものはバカにできなくて、普段別に意識もしないようななんでもないときに顔を出す。会社にも時々いるじゃない、なんでもかんでも上司にCCでメールを入れなきゃ気がすまない人。傍論ではりきって細かいところの針を棒まで大きくする人。

自分がそうならないように、ただ省みるの。ただ反省ばかりしていると自分の縄で自分を締め付けて身動き取れなくなるから気をつけてね。


そういえば最近、スーツ着る機会を減らしてるんですよね。スラックスとジャケットの組み合わせにしてるんですけどね。あれって冬は寒いし夏は暑いし、すぐダメになるし不経済なこと甚だしいと思うの。

だいぶ時代も変わってるんだろうけど、飲み会とかあるとスーツのままじゃないですか。そんなとき朝の9時から夜の23時まで同じ服着て仕事して、ましてや気軽に洗濯もできないとか正気の沙汰じゃないですよ。

上下セットじゃないとスーツとして成り立たないから、どっちかがだめになるともう使い物にならなくなるのがもったいない。営業やってたりするとすぐだめになるから、安月給もあいまってもはや憎悪さえ覚えましたよね。

無難なところで黒・グレー・紺の上と、黒・グレー・ベージュあたりの下があれば、その組み合わせで8パターンくらい回せるじゃないですか。もっとみんな動きやすい格好したらいいのにね。


この前手帳の話を書いたけど、会社の一年の始まりが春だから、それにあわせて4月始まりの手帳にすべきだったんだってことにいまさら気付きましたよね。

正確には3月から一年が始まるもんで、4月始まりじゃだめじゃんって思ってたんだけど、1月始まりの手帳の中身は12月から始まるように、4月始まりの手帳も中身は3月から始まってるんですってね。

そんな当たり前なことから目を背けていた私。

年末年始の暇なとき、あるいは新しい年を迎えるそのときに、新しいものに替えることにも、大事な意味はあるんですけれど。(期末期初ってなんだかんだ忙しくて、手帳の更新が適当になる)


書くなら、未来の自分が読んで楽しい記録にしたい。


どうでもいいことが多いけど、フローで消えていくこの時代に、残しておくことはけっこう大事なんだなって先週末に実感することがあったな。

細かいこと書くと長くなるし、なんかいろいろ面倒そうだから避けるけど、全然想定していなかった場所で、想定していなかった歌を聞いたときにね、そんなことを思い出したの。


我が家のパソコンたちの情報くらいは書いておこう。おいおい。いつ買ったか忘れちゃうから。

しかしこの部屋寒いな。